ふと立ち止まって、自分の足元を静かに見つめ直したくなる時があります。

まいあめは直径わずか2センチの小さなキャンディーの中に、お客様の想いや物語をギュッと詰め込むことに、日々全力で取り組んでいます。しかし、日々の業務に奔走するあまり、時折「私たちが生み出しているものは、どんな意味を持つのか」と、少し大きな視点で考えてみたくなるのです。そんな折、旅行の途中で立ち寄った場所で、素晴らしいインスピレーションと、深い気づきを与えられました。

今回訪れたのは京都府の北部、海と山に抱かれた美しい京丹後市にある「和久傳(わくでん)ノ森」。

みなさんは「和久傳」をご存知ですか?
京都を中心に展開する老舗の日本料理・京料理のブランドで、私も名前のみ存じ上げており、名古屋には松坂屋におもたせの店舗「紫野和久傳」があるということも、今回初めて知りました。

故郷・丹後への恩返しと、和久傳の伝統

和久傳ノ森の物語は、「自分たちのルーツである丹後の豊かな自然と、地域の方々に恩返しがしたい」という、和久傳の大女将・桑村綾さんの強く、そして純粋な想いから始まったそうです。
明治時代に丹後地方の峰山町で料理旅館として創業し、現在はおもに京都市内で洗練された料亭などを展開され、全国にその名を知られる存在となっていますが、そのすべての原点、美味しいお料理を生み出す源流は、厳しくも豊かな丹後の自然の中にありました。

企業が成長し、故郷に何か恩返しをしようと考えたとき、立派な工場や、豪華なレストランだけを建てることもできたはず。しかし、和久傳が選んだのは「森を創る」ことでした。かつて桑畑などであったものの、時代とともに荒れ地や耕作放棄地となってしまった広大な土地に、何十年、何百年と続く豊かな環境を地元に残そうという、途方もない時間がかかる道を選んだのです。

利益や効率を優先する現代社会において、「ゼロから森を育てる」という決断がいかに勇気のいることか。そこには、丹後の海や山がもたらす食材の命をいただき、それを最高のかたちで提供し続けてきた和久傳という老舗の、自然に対する深い畏敬の念と、「伝統とは、過去を守るだけでなく、未来の命を育むことである」という哲学が息づいているのではないかと感じました。

「鎮守の森」を目指す、命の森づくり

この壮大な森づくりは、世界的な植物生態学者である故・宮脇昭氏の指導のもとでスタート。宮脇先生が提唱されたのは、ただ緑を植えるのではなく、その土地の気候や風土に最も適し、自然の力で力強く育つ「潜在自然植生」に基づく森づくり。

見栄えの良い外来種や、単一の樹種をきれいに並べて植えるのではなく、シイ、タブ、カシなど、どんぐりのなる木を中心に、多様な樹種を混植し、密植する。それは、過酷な生存競争を勝ち抜いた強い木々だけが生き残り、やがて災害にも負けない強靭な「鎮守の森」へと成長していくための、自然の摂理に寄り添ったアプローチでした。

「和久傳ノ森」ホームページより引用。

2007年に開かれた植樹祭では、地元の方々や和久傳の社員の皆さんおよそ1,600人が一緒になって、約3万本もの小さな苗木を、一本一本、自分たちの手で植えていったそうです。そして、植樹を終えた後は、人間の手で過剰に管理したり、甘やかしたりせず、自然のサイクルに完全に委ね、植物たち自身の「生きる力」を信じて見守ったのだそう。

まいあめの飴づくりでも、気温や湿度の変化に合わせて飴の温度や引き伸ばすタイミングを微調整しますが、「飴自身の持つ性質」に寄り添わなければ、美しい断面は生まれません。人間の都合で無理やりコントロールしようとするのではなく、素材が本来持っている力を最大限に引き出してあげること。それこそが、本当の意味での「ものづくり」なのかもしれません。自然の力を信じて見守る和久傳の森づくりは、そんな大切なことを教えてくれました。

恵みをいただき、次世代へ繋ぐ美しい循環

年月をかけて成長した和久傳ノ森は、今では木漏れ日が優しく揺れ、鳥たちがさえずる、見事な森へと姿を変えています。そして、この森はただそこにあるだけでなく、たくさんの自然の恵みをもたらすようになりました。

山椒、柚子、柿、栗、桑の実……。季節ごとに実る豊かな恵みは、敷地内に併設された「久美浜工房」で、和久傳の美しいお菓子や佃煮などの商品として、あるいはレストラン「MORI Wakuden」のお料理の素材として、大切に活かされているそうです。

旅の途中に立ち寄ったため、あまり時間がなく食事をいただくことはできなかったのですが、カフェ利用をすることに。店内は満席。テラス席ならすぐ案内できますとのことで、子供も一緒だったので、ありがたくテラス席へ。
7月の暑い暑い日。スタッフさんからも「暑いのでお気をつけくださいね」と何度もお声がけいただき、和久傳さんの代表商品のひとつ、ささのか菓子 希水、それから季節限定のフルーツパフェ、ジャージーミルクピスをいただきました。
出てくるまでに、目の前に青々と広がる芝生の中で、子供たちととんぼを追いかけながら、いろいろな葉っぱ、木を見て過ごしていると、目の前に緑色のものがさっと横切り・・・ん?と横切った先に目をやると・・・なんと赤ちゃんカエルがぴょこぴょこ飛んでいるではありませんか!(かわいいー!)
娘も野生のカエルを見るのは初めて。目をキラキラさせながら、カエルを追っていました。緑豊かな自然いっぱいの森、カエルがいるのも納得です。それにしても、暑い。ただ、暑い中にも木陰では涼しい風を感じられ、提供までの時間を有意義に過ごすことができました。

肝心の甘味たちなのですが、控えめに言って最高でした!暑い外で、キンと冷えた希水、ぷるぷる食感とやさしい甘さで一口で虜になりました。パフェもフルーツがたくさんで、中にも食感の違うお菓子?が入っていて、また食べに訪れたい!というか、誰かにこのおいしさを共有したい!と思うほど美味しかったです。

深い愛情を込めて森を育て、森がそれに応えるように豊かな恵みを人に与え、その美味しさがまた、訪れる人々を笑顔にする。そして、その笑顔が、森をさらに大切に守り育てていく力となる。ここには、人間と自然が互いに思いやり、生かし合う、美しく持続可能な循環がはっきりと存在していると感じました。

「未来の子供たちへ、豊かな環境のバトンを渡したい」。その願いは、森という形だけでなく、食という命の営みを通じて、確実に次の世代へと受け継がれていくのではないでしょうか。

森にそっと寄り添う、やさしい建築と芸術

この森の魅力をさらに深めているのが、敷地内に静かに佇む「森の中の家 安野光雅館」です。世界的建築家である安藤忠雄氏が設計を手がけたこの美術館は、黒い杉板張りの外壁が特徴的です。

安藤氏ほどの著名な建築家であれば、自身の建築を主役として際立たせることもできたはずです。しかし「建物が主役になるのではなく、森の成長とともに自然の中に静かに溶け込んでいくように」と、あえてこの控えめなデザインとなったそうです。主役はあくまで、育ちゆく森と、館内に展示される画家・安野光雅氏の優しい水彩画たちなのだと、外観から感じさせてくれます。

館内に足を踏み入れると、木をふんだんに使った柔らかな空間に、安野氏の繊細で心温まる絵画が並んでいます。ちょうど「きつねがひろったイソップものがたり」と「昔の子どもたち」の展示期間中。動物たちの絵で「こういうことをするとこうなるよ」といった教訓話が描かれていて、こどもに読んで聞かすのにぴったり。興味津々で静かに見入っていました。
なんとも言い表せない柔らかな朗らかなタッチの絵の数々に、とても優しいきもちになれました。

100年先の未来へ。見えない想いを形にする

故郷を想い、未来の子供たちを想う大女将の願いと、 土地本来の命の力を信じ抜いた学者の信念。 木を植え、手入れをし、食を生み出す地域の人々や職人たちの手仕事。 そして、自然との調和を願った建築家の眼差し。この森は、数え切れないほどの「見えない想い」が、長い長い時間をかけて重なり合い、形になった場所でした。

私たちまいあめが作っている飴は、口の中に入れれば、数分で溶けて消えてしまうものです。和久傳ノ森のように、何百年もそこに形として残り続けるものではありません。しかし、その小さな一粒の中には、「この飴で誰かを笑顔にしたい」「大切なイベントをよりよいものにしたい」というお客様の熱い想いと、「美しい絵柄を作り出して、喜んでもらいたい」という職人の情熱が詰まっています。形はすぐに消えてしまうかもしれない。けれど、飴を見た開けた瞬間の「わあっ」という驚きは、もしかしたら10年後、いや、何十年後までも、その人の心の中に残り続けてくれるといいな、と思います。

「100年先まで続くものを作る」ということは、決して目に見える物質を永遠に残すことだけを指すのではありません。そこに込められた「想い」や、誰かを大切に想う「心の温もり」を、記憶という形で未来へ繋いでいくこと。それもまた、立派な100年先へのものづくりなのだと、この森が優しく教えてくれた気がします。